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大山新窯跡
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大山新窯跡
朝鮮陶工金ケ江三兵衛が多久領内で開窯したと伝えられる窯に大山古窯跡がありますが、一時栄えたが後に廃れたと考えられています。江戸時代後期に松浦郡(まつうらのこおり)市ノ瀬山陶器師(やまとうきし)原藤太夫(はらとうだゆう)という人物が大山窯再興を願い出た記録などが残っており、大山新窯跡はその後再興され磁器を焼いた窯と考えられます。13室の焼成室からなる登り窯とされますが、現在明確なのは3室。1室の広さは縦約5m、横約7m。一部窯壁と天井部を残します。