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石井有(鶴山(かくざん))
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石井有(鶴山(かくざん))
石井鶴山(1744-1790)は、多久に生まれ、通称を有助、鶴山と号しました。貧しい家に育ちましたが幼い時から学問を好み、17歳で東原庠舎の都講(塾生の長)となりました。僧大潮に進められて京都で学問に励み、帰国して佐賀8代藩主鍋島治茂に認められ、藩校弘道館の設立に力をつくし、伴読国学教諭に任ぜられました。また藩主の顧問的な役も務め、寛政元年(1789)藩主に従って江戸に行き、帰国の折、摂津(現在の大阪)で病気のため没しました。