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深江順房(じゅんぼう)(簡斉)
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深江順房(じゅんぼう)(簡斉)
深江順房(じゅんぼう)(1771-1848)は、深江順正の孫で、通称を三太夫、簡斎(かんさい)と号しました。天明7年(1786)東原庠舎に学び、庠舎の句読師となりました。藩校弘道館を出てからは東原庠舎の教授となりました。のち大監察・鉄砲物頭などの役も勤めました。一方、草場佩川に命じて、「多久諸家系図」七巻を編集、また邑内(ゆうない)の自然・地理歴史・経済などの全ての面にわたる事項を紹介した「丹邱邑誌」(たんきゅうゆうし)五巻を弘化4年(1847)76歳の時に著しました。嘉永元年(1848)78歳で没し、長尾の福聚寺(ふくじゅじ)に葬られました。