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草場韡(かん)(佩川)(はいせん)
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草場韡(かん)(佩川)(はいせん)
草場佩川(はいせん)(1787-1867)は、通称を瑳助、佩川(と号しました。幕末肥前随一の儒学者といわれました。幼い頃から非凡で8歳で東原庠舎に入門し、18歳の時藩主の命により佐賀藩校弘道館で国学を学びました。後に藩校弘道館教諭・教授となり、明治政府で活躍した大隈重信・副島種臣・大木喬任・江藤新平などの人材を育てました。佩川は学問だけでなく、武芸・詩歌・絵画などにも優れた才能を備えた人物でした。草場船山は長男。